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ニックネーム:さら
年齢:50代
都道府県:大阪府
同居して20年。結婚して30年という節目の年に88歳の天寿を全うして姑は、旅立って逝きました。

»くわしく見る

バイオグラフィー
2012年08月30日(木)
知りたい!
施設の入所が、要介護度で保留になったため施設の方に
区分変更(介護度の変更)が、いつ出るのか 
「市役所に聞いてください」
と言われました。

で、市役所に電話してみると
「○日に出ます」
とハッキリ答えられてちょっとビックリ!

日にちが、分かれば その日までは、待てますが、
半世紀以上も生きると ずうずうしくなります

確認してみたいし できれば知りたい!と思ったので 
出ると言われた日の夕方5時前に電話をしてみました。

すると
「ハイ、確かに今日 出ましたが、電話では個人情報になるので
 お教えできないんですよ〜。
 明日の午前中の郵送になりますから届くまでお待ちください」

なるほどね。

明日は、まだ届かないということだけわかりました
2012-08-30 09:56 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月28日(火)
どこにいるの?
病院にいくたびに

姑「遠いとこ来てもうて悪いなぁ〜」

入院しているのは、同じ市内の病院で 車なら15分もあれば着く距離
なんですが、どこでどうなったのか遠いと思い込んでいます。

ある時も
姑「ココは、どこやのん?」
夫「どこか言うてみ」
姑「○○○(奈良県)」
そこに親戚が、いますが、
なんでそうなるの?


前回 書いた叔母が、お見舞いに来てくれたという姑のメモにも

「入院する△△の病院」
以前住んでいた近くの駅名が、書かれていて
なんでそうなるの?

でも病院名は、ちゃんと答えます。

今日は、どこにいるんでしょうね
2012-08-28 19:42 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月27日(月)
8月31日って?
二日続けて義妹が、病院にいってくれたので3日ぶりに行くと
ベッドの横に今までなかった紙袋が、ありました。

中を見ると 叔母(姑の妹)からの、お見舞い品でした。

さら「○○おばちゃんお見舞いに来てくれはったんやね」
と聞くと
姑「誰も来てへんで」
さら「せやかって ココにお見舞いあるやん」
姑「だ〜〜れも来てへん」

何を聞いてもダメだと思って ゴミを片づけたりしていると
メモを出してきて
姑「そやそや!○○ちゃん(叔母)来てくれたからお礼言うといてな」
さら「やっぱり来てくれたはるやん〜」
と、そのメモを受け取ると

 8月31日金
  ○○(叔母の名字)様 △△(息子さん)様 来てくださる

まだ8月31日になってないし〜〜!
これでは、いつ来てくださったのか わかりません

メモを受け取ってから 夫も
「○○おばちゃん来てくれてんな」
と聞いてみたそうですが、やっぱり
「誰も来てへん!」
と答えたそうです

その日の夜 夫が、叔母宅に電話して前日に来られたことが、わかりました。
2012-08-27 21:48 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月26日(日)
1年以上も前のこと
施設の本人面接の時、歯のことを聞かれて
姑「歯医者に行ってる途中で入院させられた」
と言いました。

歯医者さんに行ってたのは、1年以上も前の去年の6月頃のことです。
それから「暑いから」と行かなくなって 私たちも無理矢理連れて行く気も
なかったので そのままになってしまいました。

それが、面接をきっかけに思い出したのか義妹に
姑「歯医者に行ってる途中で入院したから入れ歯が、できてるはずや」
と言ったらしいです。

この1ヶ月の入院中、約半分を姑と つきあってくれれたお陰で義妹も
姑の言うことを鵜呑みにせず
「ほんま?」
とメールで確認してきました

それで去年のことだと説明しましたが、退院したら歯医者に行くと言う姑。

まだ自転車に乗って一人で行けると思っているのかなぁ?

入院している間に この1年間の記憶が、無くなってしまってないか、
ちょっと心配です
2012-08-26 21:51 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月25日(土)
要介護度の問題
施設への入所審査の翌日 お昼過ぎに通知が、来ました。

結果は!

保留

要介護1以上であれば入所資格は、あるので安心していましたが、
やはり現実は、厳しく
「要介護1の方は、大勢いらっしゃいますから要介護2以上でないと」
という返事でした。

介護度の変更(区分変更)が、まだ出ていないのでそれの結果が、
でてからということになりました。

入院直後に介護度の変更を申請しておけばよかったのですが、
その時は、検査すれば悪いところが、見つかると思っていましたから
そこまで思いが、及びませんでした。

初めてということは、どうしても後手後手になるものだということを
実感しています。

しかし〜!
もし介護度が、上がらなければ入所は、できないので今は、介護度の
上がるのを願うばかりです
2012-08-25 10:33 | 記事へ | コメント(1) |
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2012年08月24日(金)
一日 ソワソワ
施設への入所審査の日、朝からソワソワする私たち。

審査は、午後と聞いているので夕方には、結果を知らせてもらえると
思っていたので電話を 手元に置いて晩ご飯の用意をする私。

すると電話が、鳴りました。
来た!と思ったら 頼んでいた修理に
「明日行きますと」
いう連絡でした。

ガッカリ!

夕飯も片づけも済んだ頃 また電話が、鳴りました。
今度こそ!
と思ったら・・・
「太陽光発電のなんちゃらかんちゃらで〜〜」
「関心ありません」と答えてる途中で切られました

またもやガッカリ

で!施設のパンフレットを見直すと

入所の決定は、後日お知らせします。

と書かれてありました。

ちゃんと読んでませんでした

いつ連絡が、来るのかと思うと

落ち着きません〜〜!
2012-08-24 09:56 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月23日(木)
生きる力
施設への入所審査の前日、本人との面接で施設の方が、病院に来られました。

姑に
施設の方「○○という施設から来ました。
     退院後、自宅に帰られる前にココの施設でリハビリして
     いただくことになっています」
姑「ハイ、なんでもします」

へぇ〜なんでもするって!
でも入所する頃には、忘れているよね

すぐに忘れるけど受け答えは、しっかりできる姑。
「○○は、できますか?」
という質問に それくらいできて当然という答えています。
できると思っているんですよね

その後、姑抜きで お話させていただくことになって
まず
「(姑が)おっしゃっていることに間違いありませんか?」
と聞かれたので ちゃんと訂正しておきました

最後に・・・

今は、点滴で回復していても食欲不振は、改善していないので、
また以前の状態に戻ることを施設の方も予測されていて

「その時は、どうしますか?」
と聞かれました。

今回は、食べなくなってフラフラしてたので入院させましたが、
その後、私も考えました。

食べない人には、胃ろう(チューブで胃に栄養分を入れること)をして
命をつなぐことを されますが、私たちの意思で命をつないだ時、
今度は、いつお終いにするかという決断をすることになったら
できるのか?

私は、できない!
そう思っていました。

それが、特養の見学に行ったときに施設の方と話をしていると
その話になって私の意見を言うと夫も 同じ事を言いました。

それで

「食べないというのは、生きる力が、無くなったとうことだと思うので
自然に任せます」
と答えました。

命は、いつか尽きます。
しっかり向き合いたいと思います。
2012-08-23 20:37 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月22日(水)
これで良かったの?
姑が、施設に入れる可能性が、高くなって

「これでよかったのかなぁ〜」
という思いが、湧いてきます。
「もう少し頑張れたかも」
という気持ちもあります。

夫も義妹も
「もう少し家で・・・」
と思っているのも感じています。

それと同じくらい今の私に無理は、させられないと
思ってくれているのも分かります。

入院した時よりは、元気になっている姑。

だからといって家で今まで通りの生活が、できるのか
不安です。

施設で暮らすことに姑が、納得してくれるか
それも心配します。

夫、義妹、私・・・みんな気持ちの整理が、つかなくて
モヤモヤしています。

そして
「私が、元気だったら姑の思い通り暮らせたんだろうなぁ〜」
と思うのと
「頑張りすぎて私が、先に・・・」
ということにならないための病気だったのかな?
と良いように考えたり。

なかなか
これでいいのだ!
と割り切れないものです。
2012-08-22 09:31 | 記事へ | コメント(5) |
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2012年08月21日(火)
施設探し4
介護老人保健施設に行くとベテランの相談員さんが、待っていてくださり
まず姑の様子を聞かれました。。

これが、入所に必要な面接です。

その相談員さん、姑の状態には、
「年齢的は、そんなもんですよ」
という感じで すべて好意的に受け取ってくださいます。
 
私の体も気遣ってくださって なかでも姑が、食べないことで
さら「私の体のために減塩にして夫の体のために低カロリーにした
   食事だったので姑が、余計食欲不振になったのかもしれないと
   反省しているんです」
というと
「もともと食欲が、無かったんだから あなたのせいじゃないですよ」
と言ってくださったのが、とてもうれしかったです。

審査には、お医者さんの診断書が、必要だったので姑の入院する病院に行き 
準備は、完了。

審査を待つことになりました。
2012-08-21 22:00 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月20日(月)
施設探し3
クリニックの先生に すすめられたように市の福祉協議会へ
介護老人保健施設のことを相談しに行こうとしていた日
ケアマネさんが、特養のことで来られました。

それで そのことをケアマネさんに伝えると

ケアマネさん「福祉協議会からケアマネに相談するように言われますから
       私から施設のことを キチンと説明させてもらいます」

ということになって福祉協議会ではなくケアマネさんの事務所に
行くことになりました。

夫は、それでも自社の介護付き有料老人ホームをすすめられるのだろうと
不機嫌でしたが、行ってみると

ケアマネさん「市内にある介護老人保健施設に問い合わせてみたところ
空きが、あるそうですから説明を聞きに行かれますか?」

思ってもみない展開になりました。

時間に猶予もないので すぐに施設に向かいました。
2012-08-20 19:38 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月19日(日)
施設探し2
特養に入所するまで どうするのか・・・
今度は、毎月お世話になっているクリニックへ相談に行きました。

先生に特養に入所できるまでケアマネさんが、自宅で介護してはどうか
と言われていることを言うと
先生「それは、おすすめしません。あなたの体では、無理でしょう」

姑の気持ちを考えると自宅で介護することも考えていたのですが、
先生にそう言われて やっぱりダメだと気持ちが、定まりました。

それで 教えてくださったのは、
介護老人保健施設

その施設ことを知っていましたが、施設に違いが、あるなんて・・・
知らないことばかりです。

介護老人保健施設は、入所期間に期限が、あるという以外は、特養に似ています。

そして
先生「ケアマネさんが、動いてくれないのなら市の福祉協議会へ行って
   相談しなさい」
と言われて そういう手もあるのだと知りました。

いろんな人に相談してみるものです。
2012-08-19 19:30 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月18日(土)
施設探し1
姑を施設に入れると決めたものの施設に詳しくないので手探り状態です。

それに姑のケアマネさんは、介護会社に所属されている方なので 
自宅介護が、無理ならその会社が、経営する介護付き有料老人ホームへの
入居を すすめられます。

でも毎月の費用のことを考えると即答できません。

費用の面と隣の市にある施設で義妹が、行きにくいこととに加えて
夫「なんで自社の施設しか紹介せえへんねん」
と不満ばかりです。

思案していると医療関係の方に
特別養護老人ホームを
すすめられました。

特養と呼ばれていることしか知りませんでしたが、それがすぐ近くにある
老人ホームで私の叔父や叔母が、利用していたところです。
さっそく見学に行きました。

夫が、たいそう気に入ったのですが、介護度の高い人を優先されるので
介護度の見直しの結果が出て介護度が、あがったら申し込むことにしました。

結局いつ入所できるかわからないので それまでどうするか・・・
施設探しは、続きます。
2012-08-18 20:05 | 記事へ | コメント(2) |
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2012年08月16日(木)
お肌の曲がり角 ではなく
入院する時、渡された問診票に目を通すと家族などの連絡先も
書かなければならなかったので これは姑には、無理と判断して
私が、書き始めると自分で書くと言う姑。

でも
さら「ウソ書いたらアカンから私が、書きます」
で書き込んでいるのを横から見てて
姑「私87歳違うで86やん」
さら「なに言うてんの来年88歳になるねんよ
   ほらもう間違えてるやん」
姑「そうやったんかなぁ・・・」

85歳から ずっと1歳 間違えています。
誕生日に本当の年齢を教えても覚えてません。

それが、先日 介護度を変更をしてもらうための審査を受けたところ
年齢を聞かれてハッキリと!
姑「84歳!」
さら「若返ってる〜〜

84歳は、間違い始めた年齢です。
その頃が、姑の”老い”の”まかり角”だったようです。
2012-08-16 19:40 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月15日(水)
理想と現実
全ての検査を終えて出された結果は、

「どこにも異常が、みられませんでした」

夫「あのふらつきは?」
主治医「わかりません」
夫「食べなかったからですか?」
主治医「そうとも言い切れません」

で!
主治医「今すぐでなくていいですから退院の方向でお願いします」

そう言われてもねぇ・・・治ってないのに

それに入れる施設が、まだ決まってません。

それでケアマネさんに相談すると
「施設が、決まるまで自宅で介護されますか?
 それならベッドをレンタルして病院のような環境にする方が、いいですよ」
とか
「毎日デイに来られたら歩くリハビリもしますし」
とか
「刺激が、あれば夜もよく寝てもらえると思います」
とか言われて
さら「それもそうだなぁ〜」
と思いました。

でもね・・・
気力のない姑にリハビリやらデイでの活動やら望んでないことをやらされて
それって幸せなの?
という疑問が、湧いてきました。

寝たきりにさせないというは介護側の理想です。
でも衰えてきている高齢者には、どうなんでしょう?
行きたくないデイサービスで無理矢理リハビリ
そっとしておいて欲しいと思っているかもしれないのに。

人生の最後って難しいです。
2012-08-15 20:21 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月14日(火)
これからのこと
姑のこれからは、まだ不明です。

今は、点滴などのお陰で入院した時よりは、ふらつきもなく元気を
取り戻しているようですが、食欲不振が、治ったわけでは、ないので
同じことを繰り返すのは、目に見えています。

でも夫は、軽〜く考えているので
「病院みたいにポータブルのトイレ置いて家に居てたらええやん」

なので言いました。
さら「ポータブルトイレの始末をしてくれるんですか?
   一人でお風呂に入ったら危ないから入れてくれるんですか?」

夫は、ハッキリ答えました。
「できません」

ですよね。

自宅で介護するのが、理想です。
でも私自身の体に不安が、あるので現実的には、無理です。

義妹も夫に言ったそうです。
「ウチ、預かられへんからね」

預かると言われても今は、病院だから姑も観念して入院していますが、
義妹の家に長居する気は、さらさらないので1日も 持たないと思います。

でも「預かれない」とハッキリ言ってくれる方が、こちらとしては、
です。

「そうなると施設へ入れるしかないですよね」
という話になります

姑が、家に居たいという気持ちは、百も承知で心苦しいですが、
施設に入れる方向で考えています。
2012-08-14 10:55 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月13日(月)
病院が、安心?
入院にも慣れてきたのか 義妹が、行っても1時間もしないうちに
姑「もうええから帰り」
と言うようになりました。

それでも様子を見るために毎日 どちらかが病院へ行っています。

で!
行くたびに

姑「今日は、帰れるんか」
と聞いてきます。

それで
さら「転けたらアカンからフラフラせえへんようにならな
   帰られへんよ」
と言うと
姑「危ないからココに居てる方が、安心やな」
と納得していました。

そう言っていても次の日になったらまた
「今日は、帰れるんか?」
と言うだろうと思っていのに帰り際に言ったのは、
姑「明日も来てな」

しばらく おとなしく入院していてくれるかと期待しましたが、
それから3日目 私は、体調が、悪かったので夫と義妹が、行くと
パジャマは、着ていたものの荷物は、きれいに片づけられ
入院中に付けるリストバンドも外していて
姑「今日、帰れるんやろ」
と言う始末。

退院なんて誰も言うてませんやん・・・
2012-08-13 21:49 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月12日(日)
保冷バッグ
病室には、小さな冷蔵庫も備え付けられていますが、これも
テレビカードが必要です。

フラフラしているのに冷蔵庫からモノの出し入れは、無理だと思っていたら
義妹が、お弁当用の保冷バッグを用意してくれました。

姑には、食べさせることが、大事なので食べ物を持ち込んでもいいことに
なっているので ご飯の友のような佃煮やゼリーなどのお菓子を
入れるための保冷バッグなのに お箸、スプーン、メモ帖、鉛筆なども
入っています。

保冷剤をさわらせて
さら「この冷たいの入れてあるから食べもんだけ入れるねんよ」
と言っても次に行ったら・・・やっぱり入っています。

保冷バッグという認識が、なく 一つにまとめておきたいという
思いしかないようなので これからも入れ続けると思います。

私は、毎回
「お箸なんかは、入れなくてもいいの!」
と出しますが
2012-08-12 16:31 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月11日(土)
テレビ事情
去年の夏、姑のテレビの音量の大きさに悩まされましたので
今年は、どうなることかと憂鬱に思っていたところ入院したので静かです

しかし そうでなくても集中してテレビを見られなくなったことも
あって
去年のような大音量でテレビを見ることが、少なくなっていたため

入院時、義妹と
さら「テレビ、どうします?」
義妹「見るかな?」
さら「そうですよねぇ〜。イヤホンしてまで見ないと思いますけど」
義妹「そしたら見たいと言うまで やめとこ」
さら「そうですね」

で、テレビカードを買うのをやめました。

その後もテレビを見たいということは、無く・・・・
いつ行っても寝ています
2012-08-11 19:41 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月10日(金)
検査結果
入院してちょど2週間後、主治医の先生から聞いた検査の結果は!

「内科的な異常は、見つかりませんでした」

なので・・・
食欲不振と 体のフラフラ(グラグラ)の原因が、分かりません。

それで
「頭(脳)も調べてみましょう」
ということになって入院は、続きます。

真夏だというのにエアコンが、利いている病室は、寒いからと
冬のパジャマにニットのカーディガンを着てまだ
姑「カイロ欲しい」
と言います。

付き添ってくれている義妹にも
姑「日暮れると寒なるから早よ帰り」
と言ったそうです

それも先生に聞いてみました。

すると
先生「お年寄りは、暑いと感じる人の方が、少ないですよ」

だそうです
2012-08-10 20:47 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月09日(木)
義妹の反応
予定の無い日は、必ず病院に来てくれる義妹。
助かります

義妹も姑が、入院するいきさつは知っていても実際に姑の様子を
知らないために最初に来たメールは、
「パジャマ着替えさせたようとしたら(姑の体が)グラグラで
 怖いわ〜〜!」

これでは、入院も仕方ないと思ってくれた義妹。
姑から解放されてホッとしている私と違って積極的にかかわってくれて
姑の希望も全部聞いて私よりずっとずっと優しいです

メールの続きに
「(姑のふらつきに)看護士さんも なんでやろうね。って言ってます」
と書かれてあったことから 高齢者によくみられる症状かと思っていましたが、
ども違うようです。

それに姑を見舞ってくださったケアマネージャーさん
「あんなにフラフラしているお年寄りを今まで見たことが、ありません!」

やっぱり異常です

ホントにフラフラ(グラグラ)している原因が、検査で わかればいいんですけど・・・。
2012-08-09 10:32 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月08日(水)
入院2日目
また前回の続き

入院時 病室に入るまで一緒にいてくれた夫も 仕事に行ってしまったので
帰りは、炎天下の中を一人で帰ることに・・・
病院から駅まで近いのですが、今の私には、堪えます
そして最寄りの駅から自宅まで なんとかたどり着きました。

そのため入院の翌日は、お疲れ気味の私
その日は、義妹も来られないので夫に必要なものだけ持って行って
もらいましたが、点滴だけで検査が、なかったこともあって
夕方、病院から電話が、かかってきました。

看護士さん「○子さん(姑)が、お家に帰りたいと言われるので
      お話してくださいますか」
すると
姑「服 着替えて待ってるのになんで迎えに来てくれへんの〜」
さら「明日、検査が、あるから帰られへんよ」
姑「ココで泊まるんか」
さら「検査が、終わるまで帰られへんからね」
姑「パジャマ、持って来てないやん」
さら「昨日、パジャマ着せたげたから あるよ。
   わかれへんかったら看護士さんに聞きなさい」
姑「そんなら今日は、ココで寝たらええねんな」
さら「そうやよ」

楽したらこんなことになります
でも、なんとか納得してくれたので一安心。

その後は、電話が、かかってくることは、ありませんでした。
2012-08-08 10:55 | 記事へ | コメント(2) |
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2012年08月07日(火)
入院するということ
前回の続き

10時に病院に入って基本的な検査を済ませ病室に案内されたのは
お昼を過ぎていました。

入院するということを理解していない姑を一人にすることは、できません。
かといって私には付き添える体力が、ないので義妹に来てもらうよう
頼みました。

病室に入るとクリニックで受ける点滴のような感覚なのか いきなり
ベッドに横たわる姑。

それならと
さら「パジャマに着替えよ」
と言うだけで何の疑問ももたず着替えてくれたので

さら「入院して検査するからね」
姑「検査入院やな」
これも抵抗なく点滴が、はじまりました。

荷物を整理し終わった頃に義妹が、来てくれたので

さら「そしたら私、帰るわ〜」
姑「え〜一緒に帰る〜」
さら「検査するために入院せなアカンって言うたやん」
姑「入院すんのか。そうか・・・」

義妹には「今、入院すると分かってても すぐ忘れるから よろしくね」
看護士さんにも「なんで入院するのかわかってないと思うので よろしくお願いします」
と頼んでおきました。

義妹が、夕方まで付き添ってくれたお陰で入院初日を無事に過ごせました。
2012-08-07 10:35 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月06日(月)
検査入院
クリニックから
「総合病院と連絡が、取れたらすぐに電話します」
と言われていた月曜日の朝

姑「今日は、しんどいから老人会(デイ)に行けへん」
と言うので
さら「ええよ〜。そのかわり○○先生(クリニック)が、○○病院
   (総合病院)で検査してくださいって電話あったら行くからね」
姑「なんでそんなとこへ行かなアカンの 行けへんで」
さら「行くからね」
そう言っても しばらくすると忘れて
姑「老人会 行かなアカンかぁ〜」
と言い出します。

そんなことを しているうちにクリニックから
「総合病院の先生と連絡が、取れましたので すぐに行ってください」
と電話が、ありました。

有無を言わせず姑を車に乗せ クリニックで紹介状を受け取り総合病院に
向かったのですが、なぜ車に乗っているか分からず

姑「今日は、なんか(行事)が、あるのんか?」
と聞いてきます。

あれこれ説明しても無駄なので
夫「そうや〜あるねんでぇ」
で、その場をやり過ごして病院に到着。

総合病院では、
主治医「入院してもらって検査をしてみますが、
 認知による拒食の可能性もあると思ってください」
と言われました。
2012-08-06 21:08 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月04日(土)
旅行のような・・・
入院することは、ほぼ確実なので姑が、寝てから入院の支度をすることにしました。

用意のいい姑は、いつでも入院できるようにと必要なものを詰めている
大きなカバンが、あるので それを確認するだけなんですが・・・

歯ブラシ、歯磨き、コップ、お箸、スプーン、ティッシュ、メモ帳、
ペン類
これらは、必要!

パジャマは、冬物なのに肌着は、夏物と ちぐはぐ
でもこれらも欠かせません。

しかし〜〜!その他は、
折りたたみの傘に電卓 紙のコップに お皿、紅茶にスティック砂糖、
うちわにアメ。
旅支度?
と思わせるようなものが・・・これらは却下

カバンだけではなくタンスの引き出しにも あちこちに
入院用
書かれたものが、あるので探し回ると オールシーズンの肌着やパジャマが、
出てくる出てくる

何も買い足すことなく準備できて ありがたいようで
「ここまで心配して用意せんでもええやん」
と思う気持ちが、入り乱れます
2012-08-04 16:00 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年08月03日(金)
食べないから
何を作れば姑が、食べてくれるのか・・・
姑の好きそうなメニューを思い出し あれこれ作ってみましたが、
姑「美味しそうやなぁ〜」
と言うだけで食は進みません。

プチシュークリームやバームクーヘンなど今までなら アッという間に
無くなっていたお菓子も いつまでもあります。

フラフラすることも多くなって7月のクリニックの予約日は、運よく?
絶不調!

それなのに
姑「どっこも悪いとこ無いのになんで行かなアカンの」
と言う始末。
部屋着のまま強引に連れ出すと・・・

血圧は、上が70という低さ。
測り直して110でしたが、座っていてもずっとフラフラしています。

先生の前でもフラフラで先生が前から 私が後ろから支えているような状態だったので
先生「食べないので限界にきているのかもしれませんね
   入院することを考えた方が、いいですね」
と言ってくださったのですが、その日は、土曜日。

総合病院に連絡を取ってもらったものの午前の診察には、間に合わないので
クリニックで点滴をしてもらって月曜日まで待つことになりました。

点滴してもらったその日は、午後から気になった所を片づけたりと
少し元気な様子もあった姑でしたが、日曜日の夜 神棚の お玉(水)を
取ろうとして こけました

おまけに力が無いのか起きあがることも
「助けて〜」と声を出すこともしません。

もう入院せさるしかない! 
と思いました。
2012-08-03 09:42 | 記事へ | コメント(0) |
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