姑は、大ぼけ、小ぼけで”おとぼけさん”
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プロフィール
ニックネーム:さら
年齢:50代
都道府県:大阪府
同居して20年。結婚して30年という節目の年に88歳の天寿を全うして姑は、旅立って逝きました。
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2005年07月29日(金)
言霊(ことだま)
姑は私が出かけるとき、よく
「さららちゃんに何かあったら私はどうして生きていったらええかわかれへん。ほんまに気いつけてやぁ〜」
と言います。
一歩外にでれば気をつけていてもどんなことに巻き込まれるかわからない物騒な世の中になってしまいましたから、心配する気持ちはわからないでもないです。
でも心配しすぎは本当に災難が降りかかってきそうで気分のいいものではありません。
”言葉”は「言霊(ことだま)」と言って
口からでた言葉が、そのごとくになると聞いたことがあります。
人の不幸を望むような言葉はもちろんのこと不幸を引き寄せるような、たとえば気分の良いときについ言ってしまう
「いつ死んでええわぁ〜」も
”じゃぁ〜死ぬ?”と事故にあう可能性もなきにしもあらず・・・で私は”禁句”だと思っています
それで姑に言い返します。
「あんまり心配しすぎたら言うた通りになるから止めて〜!ほんまにそんな災難がよって来たらどうするのん」
その時は
「ああ、そうやなぁ〜」
とは言いますが・・・いつものようにこのやりとりを何度も繰り返しています。
それより私に何かあったら、姑も困るかもしれませんが、本当に困るのは私なんですけど・・・(^_^;)
2005-07-29 10:05 |
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コメント(11)
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|
家族
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コメント
2005年07月29日(金) 11:33
by
jyoko
おはようさんです!
ほんとですよね!
言霊・・・不思議な魔力を持っている言葉だと思いますね!
そうですやん!ほんまに何かあったらあかんやんね!
でもほんまに心配してくれてはるんやね・・・!
毎回のやり取りがめにうかびますわぁ〜^^
さららちゃんに何かあったらきっとほんまに困ると思ってはるんやね・・・!マジさららちゃんが一番困るってね!!
今日も暑いからほんまに気ぃつけてね!
2005年07月29日(金) 13:29
by
ガルダ
コメント削除
不必要に頼られると、返って負担になったりしますよね(苦笑)
確かに言霊はありますよね〜。
呪詛に近いものはてきめんだったりする(苦笑)
まぁ、その場合災難は言った本人まで降りかかりますが(汗)
でも、「死にたい」「いつ死んでもいい」とか言う人は別だと思いますよ〜。
この言葉を口にする人は簡単には死ねません(笑)
自ら命を断つ人は別ですけど〜。
母は晩年、10年にわたって病に苦しんでいましたが、「なんでこんなになっても、死なれへんのやろ」とか言っていましたが、後半、死期が迫った頃、その言葉は口にはしませんでした。
それよりか、色んなことを反省しはじめ、次第に穏やかになっていきました。
それよりも「まだ生きていたい」と本気で思う人がポックリ行っちゃう事は多いと思いますよ?
いや、「まだ生きていて欲しい」と思う人かな?(苦笑)
そんなものです。
2005年07月29日(金) 17:05
by
さらら
コメント削除
jyokoさん、
今日も暑かったですねぇ〜。
何事も無く1日を過ごせるって幸せなことなんですけど
それが普通って思ってしまいますよね。
ガルダさん、
なるほど・・・そういえば姑も
「もう充分生きたから、いつ死んでもええのに・・・」
と言います。
でも与えられた”命”を全うしないといけないようです。
ところが書道の先生のお母様は自分の思い通りの所に住めるようになったとき
「こんなええとこに住めて、もういつ死んでもええわ〜」
とポロッと言われたそうです。そうしたら次の年の亡くなられたとか・・・。
なので先生は「簡単に死ぬっていうたらあきまへん!」と常々おっしゃってます。
”ひとくくり”にできないものです(^^;)
ガルダさんのお母さんのように人生振り返って達観できたら理想的だと思います。
2005年07月29日(金) 21:15
by ゆえママ
コメント削除
私はここ数年前から、
心の持ち方一つでいいようにも悪いようになると
実感しはじめました・・・・。
もちろん人間だもの、
落ち込むことも、後ろ向きになることも
あるのですが・・・・。
そんな心の持ち方から発する音が・・・・言霊のように感じます♪
2005年07月29日(金) 22:08
by
乱読おばさん
コメント削除
こんばんわ。
いいかげんなことを言わないように・・あるいは、言葉は軽々しく発するな・・の警告が、昔の人の智恵なんでしょうね。
言霊・・・言葉には、力があるのですよね。
前向きに使えば、こうしようと「言あげ」することによって、勇気と実行力が沸くでしょう。
よくないことばかりじゃないと思いますよ。
2005年07月29日(金) 23:01
by
さらら
コメント削除
ゆえママさん、
確かに、もののとらえ方は気持ちの持ち方しだいですよね。
でも心底そう思えるようになるのはなかなか難しいところもありますから無理は禁物ですよ〜。
らんさん、
姑も、そういう風に、良い方に考えてくれたらいいんですけど、いつも最悪を考えて心配ばかりするんですよね。
プラス思考で言葉にすると前向きになるんでしょうけどね、それができないんですよ。
マイナス思考の固まりにならないかと、それを心配します。
2005年07月30日(土) 10:43
by
みお
コメント削除
おはようございます^^
言霊・・・そうですよね〜!
確かに喧嘩して「死ね!!」なんて言葉が出てきたら、本当になったらどうするの!ってかなりドキってします。
一回出した言葉は消せないですもんね。
言われて見れば逆に言葉にして元気が出てくる事もありますね。
2005年07月30日(土) 14:57
by
ガルダ
コメント削除
目に見えればいいのにね(笑)<言霊
そしたら、「やばい」って思えるのに(笑)
そうですよね。
いわゆる寿命?
寿命を自ら縮める行為はしない方が良いです。
それって自殺行為と同じですよね。
生きる希望を無くすというか・・・、なんというか。
前向きに「ま、いいや」と発想の転換が大事なんですよね。
余命何年と言われても生き続ける人は「生きるんだ」という気力がそうさせているって思いますものね。
親戚にも居ましたよ。
「もう、医学上死んでいてもおかしくない」と言われた人が1年もの間生き続けて残りの仕事をこなした人が。
あれも、「まだ死ねない」と言ってらしたからでしょうね。
これも、言霊に入りませんか?
2005年07月30日(土) 20:24
by padma
最近知り合いの義母が95歳で亡くなられました。
ここ15年程、義母の介護でストレスがたまり、
よく電話を掛けて来てはで愚痴る事2〜3時間はざらでしたの。
ホトホトこちらも閉口していました。
95歳と言う年齢に不足は無いし、大往生だし、
お通夜に行ったら「まぁ、あなたもこれでヤレヤレね、ご苦労様」
な〜んて言ってあげようと思っていましたが、・・・・・?!?
お通夜はあくまで深刻でしめやかでまるで60台の人が
亡くなったかのような悲しみの雰囲気が?!
知り合いも日頃愚痴っている私には殆ど視線も合わさず状態。
この人、偽善者だなぁ〜・・・って、本当にその時から嫌いになってしまいました。
私の心が狭いのかもしれないけれど、仕方ないですよね。
2005年07月30日(土) 23:31
by
さらら
コメント削除
みおさん、
そうなんですよ〜ホントに言ったとおりになったら、どうするでしょうね。
たった一言でも大切に使える人でありたいです。
ガルダさん、
「まだ死ねない」と言葉にすることで暗示にかけているようにも思いますが「言霊」ゆえの作用かもしれませよね。
自分やまわりの人達に不幸を呼び込むような言葉が無意識に出るのが怖いなと、改めて思いました。
2005年07月30日(土) 23:32
by
さらら
コメント削除
padmaさん、
もう20年くらい前のことになりますが、叔父の”おばあちゃま”が88歳で亡くなられた時、お通夜の席で
「これだけ長生きできたんやから、みんなで祝うてやって〜!」
と叔父が言いました。
「え〜!そんなこと〜!」
と驚きましたが天寿を全うされた方には
「お疲れ様でした」と見送ってあげるのもいいなと気づかされました。
なので亡くなられた方にふさわしいお別れの仕方があると私も思います。
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ほんとですよね!
言霊・・・不思議な魔力を持っている言葉だと思いますね!
そうですやん!ほんまに何かあったらあかんやんね!
でもほんまに心配してくれてはるんやね・・・!
毎回のやり取りがめにうかびますわぁ〜^^
さららちゃんに何かあったらきっとほんまに困ると思ってはるんやね・・・!マジさららちゃんが一番困るってね!!
今日も暑いからほんまに気ぃつけてね!
確かに言霊はありますよね〜。
呪詛に近いものはてきめんだったりする(苦笑)
まぁ、その場合災難は言った本人まで降りかかりますが(汗)
でも、「死にたい」「いつ死んでもいい」とか言う人は別だと思いますよ〜。
この言葉を口にする人は簡単には死ねません(笑)
自ら命を断つ人は別ですけど〜。
母は晩年、10年にわたって病に苦しんでいましたが、「なんでこんなになっても、死なれへんのやろ」とか言っていましたが、後半、死期が迫った頃、その言葉は口にはしませんでした。
それよりか、色んなことを反省しはじめ、次第に穏やかになっていきました。
それよりも「まだ生きていたい」と本気で思う人がポックリ行っちゃう事は多いと思いますよ?
いや、「まだ生きていて欲しい」と思う人かな?(苦笑)
そんなものです。
今日も暑かったですねぇ〜。
何事も無く1日を過ごせるって幸せなことなんですけど
それが普通って思ってしまいますよね。
ガルダさん、
なるほど・・・そういえば姑も
「もう充分生きたから、いつ死んでもええのに・・・」
と言います。
でも与えられた”命”を全うしないといけないようです。
ところが書道の先生のお母様は自分の思い通りの所に住めるようになったとき
「こんなええとこに住めて、もういつ死んでもええわ〜」
とポロッと言われたそうです。そうしたら次の年の亡くなられたとか・・・。
なので先生は「簡単に死ぬっていうたらあきまへん!」と常々おっしゃってます。
”ひとくくり”にできないものです(^^;)
ガルダさんのお母さんのように人生振り返って達観できたら理想的だと思います。
心の持ち方一つでいいようにも悪いようになると
実感しはじめました・・・・。
もちろん人間だもの、
落ち込むことも、後ろ向きになることも
あるのですが・・・・。
そんな心の持ち方から発する音が・・・・言霊のように感じます♪
いいかげんなことを言わないように・・あるいは、言葉は軽々しく発するな・・の警告が、昔の人の智恵なんでしょうね。
言霊・・・言葉には、力があるのですよね。
前向きに使えば、こうしようと「言あげ」することによって、勇気と実行力が沸くでしょう。
よくないことばかりじゃないと思いますよ。
確かに、もののとらえ方は気持ちの持ち方しだいですよね。
でも心底そう思えるようになるのはなかなか難しいところもありますから無理は禁物ですよ〜。
らんさん、
姑も、そういう風に、良い方に考えてくれたらいいんですけど、いつも最悪を考えて心配ばかりするんですよね。
プラス思考で言葉にすると前向きになるんでしょうけどね、それができないんですよ。
マイナス思考の固まりにならないかと、それを心配します。
言霊・・・そうですよね〜!
確かに喧嘩して「死ね!!」なんて言葉が出てきたら、本当になったらどうするの!ってかなりドキってします。
一回出した言葉は消せないですもんね。
言われて見れば逆に言葉にして元気が出てくる事もありますね。
そしたら、「やばい」って思えるのに(笑)
そうですよね。
いわゆる寿命?
寿命を自ら縮める行為はしない方が良いです。
それって自殺行為と同じですよね。
生きる希望を無くすというか・・・、なんというか。
前向きに「ま、いいや」と発想の転換が大事なんですよね。
余命何年と言われても生き続ける人は「生きるんだ」という気力がそうさせているって思いますものね。
親戚にも居ましたよ。
「もう、医学上死んでいてもおかしくない」と言われた人が1年もの間生き続けて残りの仕事をこなした人が。
あれも、「まだ死ねない」と言ってらしたからでしょうね。
これも、言霊に入りませんか?
ここ15年程、義母の介護でストレスがたまり、
よく電話を掛けて来てはで愚痴る事2〜3時間はざらでしたの。
ホトホトこちらも閉口していました。
95歳と言う年齢に不足は無いし、大往生だし、
お通夜に行ったら「まぁ、あなたもこれでヤレヤレね、ご苦労様」
な〜んて言ってあげようと思っていましたが、・・・・・?!?
お通夜はあくまで深刻でしめやかでまるで60台の人が
亡くなったかのような悲しみの雰囲気が?!
知り合いも日頃愚痴っている私には殆ど視線も合わさず状態。
この人、偽善者だなぁ〜・・・って、本当にその時から嫌いになってしまいました。
私の心が狭いのかもしれないけれど、仕方ないですよね。
そうなんですよ〜ホントに言ったとおりになったら、どうするでしょうね。
たった一言でも大切に使える人でありたいです。
ガルダさん、
「まだ死ねない」と言葉にすることで暗示にかけているようにも思いますが「言霊」ゆえの作用かもしれませよね。
自分やまわりの人達に不幸を呼び込むような言葉が無意識に出るのが怖いなと、改めて思いました。
もう20年くらい前のことになりますが、叔父の”おばあちゃま”が88歳で亡くなられた時、お通夜の席で
「これだけ長生きできたんやから、みんなで祝うてやって〜!」
と叔父が言いました。
「え〜!そんなこと〜!」
と驚きましたが天寿を全うされた方には
「お疲れ様でした」と見送ってあげるのもいいなと気づかされました。
なので亡くなられた方にふさわしいお別れの仕方があると私も思います。